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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)6697号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告株式会社三正と被告との間において、同原告が別紙物件目録二記載の建物部分につき賃借権を有することを確認する。

2  原告南北事業株式会社と被告との間において、同原告が別紙物件目録三記載の建物部分につき賃借権を有することを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

原告株式会社三正(以下「原告三正」という。)は不動産の仲介、販売及び賃貸等を業とする会社、原告南北事業株式会社(旧商号ハウジングサービスサンセイ株式会社、以下「原告南北事業」という。)は不動産の販売等を業とする会社であり、一方、被告は国内外の賓客の宿泊、貸席及び宴会等のほか、不動産の売買、賃貸借及び管理等を業とする会社である。

2  (賃貸借契約の締結)

(一) 被告は、別紙物件目録一記載の建物(以下「事務棟」という。)を含む建物(以下「本件ホテル」といい、このうち、事務棟以外の部分を「ホテル棟」という。)を所有し同建物においてホテル業及び賃貸業を営んでいたが、昭和四九年七月、原告三正との間で事務棟内に存する別紙物件目録二記載の建物部分(以下「八八二号室」という。)につき、期間一年、賃料月額三〇万二四〇〇円の約定で賃貸借契約を締結し、その後、右契約は一年毎に更新された(但し、昭和五六年七月からは賃料が月額四〇万円に改定された。)。

(二) 原告南北事業と被告は、昭和四九年一一月。同じく事務棟にある別紙物件目録三記載の建物部分(以下「八八三号室」という。)につき、期間一年、賃料月額一七万円の約定で賃貸借契約を締結し、その後、右契約は一年毎に更新された(但し、昭和五六年一一月からは賃料が月額二三万八〇〇〇円に改定された。以下、右八八二号室及び八八三号室の両者を併せて「本件各部屋」という。)。

3  (確認の利益)

原告らと被告との間には右のとおり各賃貸借関係が存在していたところ、現在、被告は賃貸借関係の存在を争っている。

4  よって、原告らは本件各部屋に対する賃借権の確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は否認する。原告三正と被告との間では昭和四九年六月三〇日付にて八八二号室の、原告南北事業と被告との間では同年一一月一日付にて八八三号室の各ホテル施設利用契約が締結され、昭和五七年二月八日、本件ホテルの火災事故(以下「本件火災事故」という。)までの間更新されてきた事実はあるが、右各契約は、原告らが長期間本件各部屋を含む本件ホテルの諸施設を利用し長期滞在することを目的とする契約であって、賃貸借契約ではない。そして、本件火災事故以降に右各ホテル施設利用契約が更新された事実は存しないから、右各契約は、原告三正につき昭和五七年六月三〇日をもって、原告南北事業につき同年一〇月三一日をもってそれぞれ終了しているものである。

3  同3は認める。

4  同4は争う。

三  抗弁

仮に本件各契約が原告らが主張するように賃貸借契約であったとしても、右各契約は次の理由により既に終了した。

1  (目的物の効用喪失による契約の終了)

事務棟は、地上一〇階地下二階建で各階の床面積が六〇〇平方メートルないし一三〇〇平方メートル余りもある大規模な建物であるが、昭和五七年二月八日未明に発生した本件火災事故により、本件ホテルの九階及び一〇階部分を焼燬したばかりか、火災の際の火炎及び消火の際の放水によって本件ホテルの数多の部屋、建物の内奥部分及び膨大な関係諸設備が広範に損傷され、あるいは破壊された。被告の業種柄、右火災事故のために本件ホテルは全体として効用を失い、滅失したか、あるには滅失したのと同様の状況に至ったものである。そして、本件ホテル及びその諸施設は性質上有機的・一元的な構造をなしているので、一定の部屋に限って使用可能な状態にするには結局全体的な復旧と費用負担が必要であるから、本件各部屋のみに限って使用可能な状態に機能させることはもはや不可能である。現に、本件各部屋を含む本件ホテルについては、昭和五七年三月二日ころより同年一〇月一日ころまで三回に渡り、東京都より使用禁止命令が発せられており、本件ホテルは行政処分上も使用できない状態になっている。

したがって、原告らと被告との間の本件各賃貸借契約は、目的物の効用喪失により当然に終了したものである。

2  (合意解除)

被告は、遅くとも昭和五七年三月中に本件ホテルにつき原告らを含む建物賃借人又は長期滞在者との間で、関係者各自の占有部分の延焼の有無にかかわらず、本件ホテルは将来に向って使用しない旨の協議を締結した。そして、右協議によって原告らと被告との間の本件各賃貸借契約ないし本件各ホテル施設利用契約は合意解除された。

3  (解約申入れ)

(一) 本件各賃貸借契約の期間はいずれも一年間とされているところ、本件火災事故発生後、原告らと被告との間にはなんら合意更新等がなされていないので、右各賃貸借契約はいずれも期間の定めのないものとなっており、被告は、昭和六二年九月一四日、原告らに対し書面をもって右各賃貸借契約の解約申入れをなし、同書面は同月一六日に原告らに到達した。

(二) 右解約申入れには次のような正当事由がある。

(1) 前記抗弁1記載のとおり。

(2) 被告が本件ホテルに多大の費用をかけてまで原告らに本件各部屋を原告らの事務所ないし営業所として使用させなければならないほどの事情があるとは思われない。不動産業という原告らの業種柄、代替の事務所は大きな困難を伴わずに相当な広範囲で他に求め得るものである。

(三) したがって、右書面が原告らに到達した日の翌日から六か月が経過した昭和六三年三月一六日をもって本件各賃貸借契約は終了したものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、事務棟が地上一〇階地下二階建の建物で、各階の床面積が六〇〇平方メートルないし一三〇〇平方メートル余りの大規模な建物であること及び昭和五七年二月八日未明に本件火災事故が発生したこと、本件建物の一部につき、被告が東京消防庁より昭和五七年三月二日付で法令に違反している消防用設備等を設置又は改修するまで使用を停止する旨の命令及び東京都知事より同年一〇月一日付で法令違反の点を是正するまで使用を禁止する旨の命令をそれぞれ受けていることは認め、その余は否認ないし争う。

前述のように本件火災事故はホテル棟で発生したものであったが、本件各部屋の存する事務棟は、ホテルとしての客室の存する右ホテル棟とは構造上独立した存在であり、それはホテルではなく主として貸事務所として使用されてきたものである。そして、そもそも賃貸借の終了原因である滅失といえるためには、賃貸借契約の目的物の主要な部分が消失して全体としての効用を失い賃貸借の趣旨が達成されない程度に至った必要があるが、本件では事務棟については到底その程度に達していたものとはいえない。また、少なくとも事務棟については部分的復旧で十分であり、しかもホテル棟とは分離可能であるから、原告らに本件各部屋を使用させるためにはホテル棟をも含めた全体的な復旧が必要な訳ではない。さらに、本件ホテルの使用禁止等の行政命令についても、これらの命令はすべて改修あるいは是正終了時までの一時的なものであるばかりか、これらの命令の趣旨はあくまで是正あるいは改修の要求であり、是正さえすれば直ちに使用できることを前提にしているものである。

2  同2は否認する。

3  同3のうち、本件各賃貸借契約が期限の定めのないものとなっていること及び昭和六二年九月一四日付の内容証明郵便が同月一六日に到達したことは認め、その余は否認ないし争う(但し、抗弁3(二)(1)の認否は前掲2のとおり。)。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一  請求原因について

一  請求原因1及び3は当事者間に争いがない。

二  そこでまず、本件賃貸借契約の成否について判断する。

1  原告らと被告との間において、昭和四九年ころ、それが賃貸借契約であるかホテル施設利用契約であるかは別として、本件各部屋について本件各契約が締結され、以後本件火災事故当時まで更新されていた点については当事者に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、

(一) 本件各契約のうち、八八二号室については、昭和四九年六月三〇日付で、原告三正と被告との間で「ホテル施設利用契約書」という書面が取り交され、以後原告三正は右契約書に基づいて同室を使用できたこと、八八三号室についても右同様に昭和四九年一一月一日付で「ホテル施設利用契約書」という書面が原告南北事業(但し、右契約締結時の商号はハウジングサービスサンセイ株式会社)と被告との間に取り交され、以後原告南北事業は右契約書に基づいて同室を使用してきたこと、これらの書面はいずれも印刷された定型の契約書であり、空欄に各契約についての個別の必要事項が記載されているほかは活字で同一内容の約定が記載されていること、

(二) そして、右各ホテル施設利用契約書には、本件各部屋の契約期間はいずれも一二か月間であり、その後、協議の上更新することができること(二条)、各部屋の利用料は「室料」という名目であり、また、それらには光熱、水道料及び冷暖房空調費が含まれていること(三条)、原告らは被告に対し、飲食費・サービス料等を毎月末に支払うこと(五条)、原告らが洗濯代を負担する限り、被告が寝具及びタオル類を貸与する場合があること(六条)、禁止事項として、部屋の内外に広告看板等を設置すること、午後一一時以降訪問客を室内に入れること等がいずれも禁止されていること(七条)、部屋の全部又は一部について、改造等の必要が生じ、又はホテル営業のため明渡しを求める必要が生じた場合には、被告は一か月前に原告らに通知することによって本契約を解約することができること(一一条)、原告らは本件各部屋に関し賃借権を有しないことを確認すること(一七条)等の各記載がなされていること、

(三) また、被告の社内では、原告らとの各契約を「長期滞在者契約」と称して、室内の改装を必要とする飲食店等の賃貸借契約とは明確に区別しており、事実、契約書も賃貸借契約書と施設利用契約書の二種類があってそれぞれ分けて使用されていたこと、

(四) さらに、利用者への郵便物は、一旦ホテルが受領し、それをホテルの従業員が各部屋まで運んでいたこと、

(五) 他方、右各ホテル施設利用契約書によれば、第三条では利用料を「室料」と規定してはいるものの、右各契約書中には、「賃料相当額」(一二条)や「賃料の倍額」(一四条)などの文言も使用されていること、禁止条項として前述したもののほかに、本契約による権利の譲渡あるいはそれの担保への提供、転貸、共同経営への提供、室内の改装あるいは模様替えをも禁止されていること(七条)、

(六) 原告南北事業と被告間の保証金預り証書である甲第九号証には「個室賃貸借契約に基づく保証金として」と記載されており、また、右当事者間の使用契約の変更契約書である甲第八号証では八八三号室のホテル施設利用契約書(甲第六号証)のことを「個室賃貸借契約証書」と称しており、さらに、利用料改定の通知書(甲第七号証)にも「賃貸料」という文言が使用されていること、

(七) 原告三正は八八二号室の利用につき二〇〇万円の、原告南北事業は八八三号室の利用につき一〇〇万円の各保証金をそれぞれ支払っていること、

(八) 原告らは本件各部屋をいずれも事務所として長期間継続して使用しており、室内の応接セット等の什器備品類は原告らの所有物であるばかりか、本件各部屋のドアには原告ら会社の名前が表示してあること、

(九) 前述本件ホテル施設利用契約書七条の禁止条項にもかかわらず、原告らの来客については被告の了解がなくても入ることができ、また、ホテルの従業員が室内を日に一度チェックしに来るということもなかったこと、

(一〇) さらに、広告看板の設置には許可を必要とするという約定は今日では賃貸借契約でも一般に行われていること、

以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定の事実によれば、次のように判断することができる。

(一) ホテル施設内にある各部屋の長期使用契約が単なるホテル施設利用契約であるか賃貸借契約であるかは、単に契約書の文言のみならず、右部屋の使用期間、対価関係、その契約の具体的内容、部屋の使用方法・使用状況等を実質的に総合して判断すべきである。

(二) ところで、本件では、確かに本件各契約は「ホテル施設利用契約」という名称であり利用料も「室料」と称し、また、一般の建物賃貸借契約とは異なる各種の制限条項が存在するばかりか、賃借権を有しない旨の確認条項まで記載されている。

(三) しかし、他方、右各契約書及び関連書類には「個室賃貸借契約」あるいは「賃貸料」等の文言も散見されるばかりか、右各契約書中には、本契約に基づく権利の譲渡、担保供与、転貸、共同経営への提供等単なるホテル施設利用契約では通常考えられないことを前提とした禁止条項が記載されていること、また、使用料は月ぎめであるばかりか、原告らは保証金も支払っていること、さらに、本件各契約の契約期間は一二か月であり決して短期とはいえないうえ、原告らは継続的な更新により七年以上も事務所として使用してきたこと、最後に、使用態様として室内に原告らの什器備品を設置し、ドアには原告らの会社名を掲げ、ホテル従業員による室内チェックも行われないため原告らは室内に関し完全に独立した排他的占有権を有していたと認められること等前記認定の各事実を総合評価すると、当事者間において本件各契約を賃貸借とは別のものとして明確に区別していた事実は認められず、また、右のような使用状況は賃貸借契約となんら変わるところがないのであって、原告らと被告との間の本件各契約は、その名称にかかわらず実質的に賃貸借契約であるといわざるを得ない。

(四) よって、請求原因2(賃貸借契約の締結)は理由がある。

第二  抗弁について

右認定のように本件各契約が賃貸借契約と認められる以上、原告らと被告間の契約関係は期間の満了によっては当然に終了するものではなく、原告らが使用を継続する限り法定更新されるものであるところ、原告らが什器備品を設置したまま本件各部屋の使用を継続していることは弁論の全趣旨により明らかである。そこで、本件火災事故によって本件各部屋あるいは本件ホテルの効用が喪失した結果本件各賃貸借契約が終了したか否か(抗弁1)について以下判断する。

一  (本件ホテル及び本件各部屋の構造及び位置関係)

事務棟が地上一〇階地下二階建で各階の床面積は六〇〇平方メートルないし一三〇〇平方メートル余りもある大規模な建物であることは当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、

1  本件ホテルは、別紙図面のように建物が中央ホールを中心にして北西方向、南西方向及び北東方向に放射状に伸びており、北東方向においては建物が東ホールからさらに北側に伸びているという構造であること(以下、本件ホテルのうち、右北西方向に伸びた部分を「北西棟」と、南西方向に伸びた部分を「南西棟」と、北東方向に伸びた部分のうち中央ホールから東ホールまでの部分を「東棟」と、右東棟からさらに北側に伸びた部分を「北棟」とそれぞれいう。)、

2  また、本件ホテルは、別紙図面の赤線を境界として登記簿上別個の建物とされ、実際上も右赤線を境界として、その西側はホテル棟、東側は事務棟と区別して呼ばれ、主にホテル棟は宿泊施設として、事務棟は貸事務所施設として、それぞれ異なる利用がされていたこと、

3  しかし、ホテル棟と事務棟とは物理的には分離独立しているわけではなく、構造上接着した完全な一体の建物であるばかりか、例えば、電気及びガス設備では、配線ないし配管が共通であり一本化されていること、水道設備についても、給水タンクがホテル棟と事務棟にそれぞれ別個に設置されてはいるものの、もともと受水槽が一つであるため一本化されている等、諸設備も完全に一体化されており、したがって構造上も機能上もホテル棟と事務棟は一棟の建物と観念し得るものであること、

4  本件各部屋は事務棟のうち北棟の八階に位置しており、そのうち、八八二号室は北側角の部屋であり、八八三号室はその南隣りであること(別紙図面青斜線部分)、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  (本件火災事故による本件ホテル全体及び本件各部屋の損傷状況)

昭和五七年二月八日未明に本件火災事故が発生したことは当事者間に争いがない。

そして〈証拠〉によれば、

1  本件火災事故は、昭和五七年二月八日未明に北西棟九階の中程に位置する九三八号室から出火して発生したが、右火災により、本件ホテルのうち九階及び一〇階部分が炎に包まれ、その結果、ホテル棟の九階及び一〇階は大部分が全焼あるいは半焼し、完全に使用不能となったこと、

2  また、事務棟の九階及び一〇階についても、東棟及び東ホールのエレベーター付近までは全焼ないしは半焼の状態でありホテル棟と同様使用不能となったこと、

3  本件各部屋のある北棟の九階及び一〇階は、内廊下が半焼したほかは焼燬するに至らなかったが、消火の際の放水のため大部分が水損していること、

4  本件ホテルの八階以下の階には一切火が入っておらず、したがって火災により焼燬した部分は存しないが、八階についてはホテル棟及び事務棟とも天井部分が火災による熱あるいは消火の際の放水により損傷を受けていること、

しかし、本件各部屋のある北棟八階部分は天井の損傷も軽微であり、北棟八階内部の外見上は放水による損傷もほとんど受けていないこと、

以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  (本件建物の使用停止並びにその補修方法及び費用について)

〈証拠〉によれば、

1  昭和五七年三月二日、東京消防庁から被告に対して、消防法五条に基づき、建築基準法施行令の一部を改正する政令(昭和三四年政令第三四四号)による改正前の同法施行令一一二条一項の規定に違反している部分の改修及び消防法一七条一項の規定に違反している消防用設備等の設置又は改修が完了するまで本件ホテルの二階以上の部分の使用を停止する命令が発せられたこと、同年一〇月一日には、東京都知事から被告に対して、建築基準法施行令の一部を改正する政令による改正前の同法施行令一一二条一項の規定に違反している部分の是正が完了するまで本件ホテルの一階以下の階の使用禁止命令が発せられ、結局、本件ホテルはその全体について現在に至るまで使用禁止の状態に置かれていること、

2  本件ホテルの現状を回復して従前どおり被告の営業による使用に堪えるようには、どのような改修方法を用い、また、どの程度費用を要するかについて、被告が平成元年訴外株式会社サトウリフォームプランナーズによって作成させた見積書(乙第一〇号証)によると、まず、補修方法として(1)本件ホテルの八階ないし一〇階及び塔屋の解体再建、(2)地下二階より地上七階までの構造補強、(3)本件ホテル全体についての内外装リフォーム、(4)設備、配線及び機材の全面更新、配管の過半の更新、がそれぞれ必要とされていること、

3  次に、その費用については、右(1)ないし(4)の総費用として概算で三五六億五六三五万七〇〇〇円を要するとしていること、

4  本件ホテルを従来どおり使用するために最低限必要と考えられるところの前記(1)の八階ないし一〇階の解体撤去再建工事及び前記(4)の電気、給排水、空調等の機械設備工事に限ったとしても、前者の総額は一三億二八四〇万円であり、後者の総額は九九億九二四二万円であるから合計すれば少なくとも一一三億円以上もの費用がかかること、

5  右の見積りは本件ホテル全体についての諸費用であるが、少なくとも電気、ガス及び水道については、ホテル棟と事務棟を切り離して事務棟のみを修理して使用するのは構造上無理であること、

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  (本件賃貸借契約の効用喪失による消滅)

1  ところで、賃貸借契約の目的となっている建物が滅失した場合には、賃貸借の趣旨は達成されなくなるのであるから、これによって賃貸借契約は当然に終了するが、賃借建物の一部が滅失した場合でも、その主要な部分が消失して全体としての効用を失い、賃貸借契約の目的が達成されない程度に達したときは当該賃貸借も終了するものと解され、その判断に際しては、消失した部分の修復が物理的に可能であるか否かのみならず、賃貸人の通常負担すべき費用では右修復が不可能と認められるか否か等をも考慮すべきである。

2  これを本件についてみれば、まず、本件各部屋については、火災による焼失あるいは放水による損傷は殆んど認められず、本件各部屋自体が滅失ないしそれに近い状態にあったと認めることはできないが、前記認定のような大きな構造の建物のうちの一室を対象とした賃貸借契約については、単に賃貸借契約の目的となっている当該一室のみにつき滅失あるいは効用喪失を論じるだけでは足りず、賃貸借の目的となっている右一室を含む当該建物全体についての滅失あるいは効用喪失の有無を判断すべきであり、本件においてたとえ本件各部屋についてはなんらの被害がなくとも、本件ホテル全体が滅失あるいは効用喪失に至ったと認められる場合には、結局本件各部屋についても使用することができなくなるのであるから、全体の滅失あるいは効用喪失により当然に本件各賃貸借契約は終了するものと解すべきである。

3  そして、本件火災事故によって、本件ホテルは九階及び一〇階が焼失し、それ以来東京消防庁及び東京都知事による使用停止命令によって現在まったく使用されていない状態であるばかりか、従来のホテルあるいは賃貸事務所として使用するために必要とされる改修費用は総額で三五〇億円を超えるものであり、また、仮に右改修費用を本件ホテルを安全に使用するために最低限必要と思われる九階及び一〇階の解体撤去再建工事費用及び機械設備工事費用に限ったとしても約一〇〇億円以上を必要とし、さらに、電気配線、給排水、空調等のための機械設備工事だけに限ったとしても九〇億円以上を必要とするというのである。これらの金額は、原告らが本件部屋を使用するために賃貸人である被告が通常負担すべき費用をはるかに超えたものといわざるを得ない莫大な額である。したがって、物理的にはともかく、経済的にはもはや通常の費用で修復するのは不可能であるというべきであるから、本件ホテルの効用が喪失した結果本件各部屋の各賃貸借契約は、本件火災事故時に目的物の効用喪失に当たるものとして消滅したものと解するのが相当である。また、前述した各使用停止命令は、形式的には、前記認定の建築基準法施行令等の法令違反部分(耐火構造の床・壁、防火戸の設置あるいはスプリンクラーの設置等)の改修あるいは是正完了までの本件ホテルの使用停止にすぎないが、これらの要件を満たすには、まず、その前提として火災による本件ホテルの損傷部分の修復が必要であり、その修復のためには前述のような莫大な費用がかかるため、実際上は、右行政命令を解除することは相当困難であるから、右使用停止の行政命令の存在によっても本件各部屋の効用は既に喪失したものというべきである。

4  なお、原告らは、ホテル棟と事務棟とは別個の建物であるからこれを切り離して事務棟についてのみ改修すればそれほどの費用は必要ないはずであるから、本件火災事故により本件各賃貸借契約が終了したとはいえないと主張するが、前記認定のように事務棟においてもその九階及び一〇階部分は相当程度焼失しているから事務棟だけを分離して改修するとしても莫大な費用を要することは前記認定の見積額から容易に推定しうるし、そもそも前記認定のように本件ホテルはホテル棟と事務棟を合わせて構造上も機能上も一体の建物というべきであり、したがって、事務棟のみを分離して修復することはほとんど不可能であると認められるから、原告らの右主張は採用することができない。

5  以上によれば、本件各賃貸借契約は目的物の効用喪失により本件火災事故の時点で終了したものと認められるので、抗弁1は理由があり、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 三代川三千代 裁判官 東海林保)

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